●4● JISSEN NEWS 2002.2 No.124
 上坂氏は、当校の前身である小山職業能力開発短期大学校に機械加工のスペシャリストとして20有余年にわたり勤務され、2年前に応用課程の教官として東北職業能力開発大学校に赴任されました。そして、折に触れ当校に対して暖かいお心遣いを頂き、ご本宅を小山市に構えておられるなど、関東能開大校とは大変縁の深い方であります。そこで、今回は、お招きして東北能開大校の様子をお伺いし、有益なご助言を頂くことにしました。
 昨年4月に初めて応用課程の修了生を出した東北能開大校は、仙台市より岩手県一関市に近い県北の町、人口1万7千人の築館町にあります。冬には白鳥の飛来地となる伊豆沼を擁する自然環境の優れたところです。
 現在の製造業の一般的な方向である生産工場は海外に移転し、開発等は国内で行うという点に触れ、そうした状況下で、仙台市は商業都市としての色彩が強く製造業が少ないことを挙げられました。
また、そうした地域性の中で行われる専門課程、応用課程、そしてアビリティーコースや能力開発セミナーなどの様子や、その入校状況などをデータを交えて紹介されました。在職者訓練ではパソコンを中心に情報通信系が盛んであるとのことでした。
 さらに、これからの日本の産業構造に関して、ものづくり産業で生き残るべきか、観光産業の方針を打ち出すか、海外資本の不動産、技術輸出で生き残っていくかなどを考察され、やはり日本人の特質ともいうべきものづくりを中心に据えることが日本の生き方ではないかという提言がなされました。そしてそれには真の職業人の養成が急務であり、そのための社会環境として就職率の向上とそれを支える地域ネットワークの整備が指摘されました。一方で、新たな構想としてものづくりボランティアが提案され、技術・技能の伝承が確実に行われる状況を作り出す工夫が必要であると結ばれました。

東北職業能力開発大学校
上坂 淳一氏

 印南氏はポリテクセンター栃木の機械科で能力開発の指導に従事しておられ、本年の3月に定年退職を控えられておられます。特に、氏は実践教育訓練研究協会の前身の実践教育研究会の発足当時から深く関わってこられ、当協会の設立に並々ならぬ情熱を持って尽力された方でもあります。
 先ず当協会の歴史を語られ、機械系の中で勉強会を持とうというところから始まった研究会の成立経過や協会名の命名のご腐心、予算確保のご苦労などを交えその歴史をお話し頂きました。行政区分への配慮を踏まえ、「教育」「研究」という言葉の他に「訓練」という言葉も選ばれました。

 その後、協会の行く末を案じられ多くの提言を頂きました。一つは、他の専門分野の人、あるいは多くの人々と渡り合える見識ある指導員となる必要があり、それと同時に自分の利益のみならず他人や社会といった公益のために労を惜しまない心構えが欠かせないとして、特に能力開発に携わる指導員のレベルアップを訴えられました。
 また、新しい情報の収集を精力的に行い、例えば福祉にも目を向けるなど新たに取り組むテーマを探すことのできる新時代の感覚を身につける必要性を指摘されました。そして組織的な面にも触れられ、当協会のリーダーとなった人は次期リーダーのことを既に考えて、リーダー養成を常に念頭におくことが協会の維持発展に不可欠であるという洞察を示されました。分科会活動の活性化、会員の拡大等、協会の発展に対する数多くのお考えを熱く語っていただきました。
 以上のように、当協会の成り立ちから今後のあり方に至る貴重なご提言を拝聴することができました。その後、自由討議ということで活発な質疑応答がなされ、施設見学も実施されました。

 (関東職業能力開発大学校 管野金一 高橋史明)

ポリテクセンター栃木
印南 義雄氏